戸塚刺しゅう協会

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2023.12.13

…過ぎゆく年の話し…

今年も押し迫ってき、一年の過ぎゆくのはなんと早いものかと思います。

まだまだやり残した仕事も山積みで、机周りにも書類の束が雑然と積まれ、どこから手を付けていいやらと思案しながら、

それでも片付けようとする真面目な意思もなく、次の仕事を考えたり、そうかと思えばどこからとなく仕事が舞い降りてまいりますものですから、一向に片付けになりません。

思えば昨年もこの時期は一人で悶々と積み残した仕事をどうするのかと机の前で茫然としていたことを思い出し、

これはこの時期の恒例行事だな…と思いながこの筆を取っています。

 

今年は一緒に働くスタッフからの提案によってインスタグラムなるものをはじめ、

先ずは各地で開催される展示会のご紹介を全国の皆様にご紹介しようと決め、スマホを手にし、慣れない写真を撮ったり、元来苦手であった文章を書いたりと、

とても手に負えない仕事が増えてしまいました。

しかし仕事と考えてしまうと絶対に続かないであろうと、

街中で見かける若い方のスマホいじりを観察しながら、これは趣味としてスマホに対峙しようと考えを変え、ゲームのアプリを入れてみたりしながら、思いつくままにインスタグラムと向き合うこととしました。

これも時代でしょうか。それでもこのような機会に少しでも刺しゅうを知っていただくことに繋がれば、それもまた大事な役割と心し励むことと致しております。

 

令和5年も間もなく閉じようとしています。

私事ながら今年は免許の更新の年でして、交付された免許証をふと見ると、次回の更新日が西暦と和暦(邦歴)で記されておりました。

既に手元には残っていませんが、以前は和暦(邦歴)の表記だけであったような…。

これを考えでみると、そういえば最近、幾つかの契約書や、取引先との書面での表記も西暦のものが多くなってまいりましたし、

身近では出張でホテル泊りの際、チェックインの作業では西暦で書かされたりと、些か言い古されたグローバル化と共に世界基準はこの和歴にまで浸透してきつつあるようです。

確かに自身の来し方を振り返って、あれっていつだっけ?なんてことも多ですから、どちらか一つで考えることができれば間違いも起きないかもしれません。

一方で、昭和天皇ご崩御の折り、昭和の時代から平成へと代わり、当時の官房長官であった小渕恵三さんが、「平成」という色紙を持ち、テレビで「新しい年号です」との報道はまだ記憶に新しいところです。

とは言っても既に36年も前の話しですが…。

この年、実は私にとっても変動の年でもありましたので、この報道はなおさら記憶に鮮明なのかもしれません。
和暦(邦歴)について気になったのはこの年のことです。

「平成」とは「史記」或いは「五書」からの出典によるもので、世界が平等であり、平和を願うものとの意を持つのだそうです。

それでは私が生まれた昭和とは、これもまた中国の古典からの引用で、書経の「百姓昭明にして万法を協和す」という一文からの引用であり、

明るく和やかな時代を望み表されたものですが、この時代の初期、悲惨な戦争があったことはその精神に背く重大な過ちであったことに心を留めなければなりません。

私の両親もまたこの時代の生まれですから。

それでは「令和」という時代の意味は、ということになりますが、これは記憶にも新しく、万葉集の序文からの引用であることが示されています。

「初春令月 気淑風和…」 初春の令月にして 気淑く風和ぎ…。ここにも「和」という精神が残されています。

 

年の瀬の忙しい時期に、身の回りの整理にも手をつけず、遥か西方で起こっている凄惨な出来事を毎日のように目の当たりにしながら、

日本の和暦(邦歴)と、その意味についてふと思いをしてみました。

遡ると、聖徳太子の時代、その条文にはやはり「和」を尊しとする精神があります。

和暦(邦歴)のはじまりはその後の「大化」となります。

グローバル化は世界の潮流であって、これを否めるつもりはありませんが、彼方で起こっている無意味な争いが一刻も早く収まることを願いながら、

私信は出来得る限り和暦をもってお伝えしていきたいと思います。

 

以上は余話ながら、私たちの集いの意味と、その精神は和暦に込められた思いと通じるものがあるようにも思い、

拙い走り書きとなりましたことはお許し願い、来る年が全ての方々にとって希望溢れ、明るく、和やかな年をありますことお祈りし記します。

 

令和5年年末

記)戸塚康一郎

 


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