戸塚刺しゅう協会

戸塚刺しゅうへのお問い合わせはお気軽に

2024.12.26

ひとはり日記 2024.12.26+

 

いよいよ今年という一年も閉じようとしています。

この時期、何かと気忙しく感じるのは何故なのかと毎年考え込んでしまうのも慣例となりました。雑然と机に積まれた書類の山を見、また手付かずに実現も見ることなく放置された仕事のことが頭の中を巡り巡って自責する、これが年の瀬の恒例行事のようです。

現状を変える、これは常なる仕事の課題でした。今年は特に一大変化を遂げることが大事な年でもありましたので、叶わぬままこの一年を終えることとなり、例年よりもまた重い自責の念にかられる年の瀬となりました。

愚痴はさて置き、年末年始にいつも思うことを記すこととします。

年末年始の恒例行事として、住まいの都会から生まれ育った田舎へ里帰りをなさる方が多くいらっしゃいます。一昔前は民族大移動というような表現で形容されていましたが、報道でも新幹線の乗車率がどうの、高速道路の渋滞がどうのと、それはそれで大変なご苦労だな、と思いつつ、私はと言えば帰省する田舎もなく、既に他界した両親の墓もすぐ目と鼻の先なものですから、のんびりと自宅で過ごすことが近年の恒例ともなっています。

地方の人口減少と過疎化、そして都市への一極集中という日本という国が抱える問題はさらに深刻度を増し、田舎と呼ばれる地方の衰退は俄かに現実的なものとなってまいりました。

私がここで言う田舎とは、辺鄙、辺境の地、多自然居住地や農山漁村地域という定義的なものではなく、生まれ育った幼き頃の思い出が詰まった場として表現させていただいています。その点を踏まえると、実は田舎には最も大切にすべき何かが見えてまいります。恐らく現代が抱える人口問題や、産業の一極集中を是正する解決の一旦というものが田舎にはあるように見えます。

昭和の半ば、私の子供時代の記憶に、学校までの道のりは脇道の小石がまばらな土の道でした。畑もあり、また少し足を延ばすと学校帰りの遊び場として松林が茂る小山のような幾多の空き地がありました。もちろん放置地でしたが、いつの頃か整地され、立派なマンションが建ちました。そして道という道は全て舗装され、土の道は消えてしまいました。

都市は必ず人間の手によってコンクリートで覆われることとなります。自然を敢えて隔てる環境破壊の一端です。道端に小石を見ることもなくなりました。都市化の最たる意味は経済成長を原理とし、利便性と効率性という呪文のような言葉で理想化され形成されてきたものです。これはこれで便利な社会を甘受する私にとっても異論を申し述べる立場にはなく、ただ一方で何かと騒がしい過疎化や少子化について、政治や経済を取り巻く議論や論説に一縷の虚しさを禁じえず、この理想化を少し違う観点から見ると、田舎の重要性に気付くことがあります。

今年の元旦、突然に大きな災害が能登地方を襲いました。この時代に限ってみても、阪神大震災から東日本大震災、新潟中越地震、長野県北部地震、熊本地震、北海道胆振東部地震と、社会を大きく震撼させた自然災害に見舞われ、さらに小さな地震も含めればその数は膨大なものともなります。また地震に限らず台風や極地的豪雨といった自然災害は年を追うごとに酷くなってきているようです。

歴史的にもこれまで多くの災害を経験してきた日本とその民族は、その体験によって本質的な部分に「共助」という精神性と自然発生的な「秩序」を持つことは幾多の説で述べられているもですが、災害によって露わになった政治的、機能的脆弱性は置き、多くの災害で隣近所の助け合い、相互扶助に依ってその艱難を乗り越えてきた歴史があります。遡ってアニミズム的社会観によるものか、または聖徳太子が唱えた「和」の精神に通じるものかもしれません。

この説にはグローバル化やデジタル化を経て進んだ個人主義との対比として、敢えての反論を覚悟もしながら、それでも日本の田舎には自ら望む安寧のための秩序、そして礼儀、作法というものが脈々と息づいていることは、これらの災害を経てさらに明らかにされたものと感じます。

この度の能登半島地震においても辛く厳しい被害を受けられてもなお、秩序ある行動と、助け合う姿を目の当たりにし、また能登の歴史的文化の再興が図られようとする試みに、改めて田舎の存在価値というものを知ることとなりました。

田舎にこそ本来の人間の生業があり、そこに住まう意味と、最も人間的な営みの存在を感じるのは私だけではないはずです。

言葉遊びは無意味ながら、肥大化した都市を田舎と呼び、麗しく美しい田舎こそ豊かな暮らしがある都市と呼ぶべきかもしれません。そして私たちの集いも田舎のように誰でもが寄り添い、気軽にお帰りなさいと言いあえる、そのような集いでありたいと願うものです。

今年を振り返るに際し、先ずは被災された皆様のご苦労に思いをし、一日も早いご復興を願いつつ、来る年が全ての方にとって豊かな実りのある年でありますことを祈り、憧れをも感じる田舎の存在に、もっと思いを寄せたいとも念じ、これを記します。

戸塚康一郎 記

 


このカテゴリーの最新記事

  • ひとはり日記 2024.11.20
  • ひとはり日記 2024.10.7
  • ひとはり日記 2024.9.13
  • ひとはり日記 2024.7.31